ご紹介いただきました息子の父親です。
よく似ている、顔が似ていると言われますけれども、今日は眼鏡をかけていますので、余計そうかもしれません。よろしくお願いします。
息子は、1997年の9月の生まれで27歳になります。
横浜市内の公立小学校、それから公立の中学校、神奈川県内の県立高校を卒業しました。
子供の頃からスポーツは好きなほうで、スイミングクラブですとか地元のサッカーチーム、それから中学、高校と陸上部に所属していました。
高校卒業後は、1年間の浪人期間ののち、北海道の農学系の大学に入学しました。
その後、1年間の休学期間がありまして、2020年の3月に大学を中退したというような状況です。

引きこもりの期間ですけれども、予備校時代に約半年、北海道の下宿先で約1年間大学を休学して。その後自宅に戻ってから4年間ということで、通算5年半ぐらいひきこもりの期間がありました。
本人の性格ですけれども、石橋を叩いても渡らないタイプで、加えてプライドもちょっと高く、こだわりが強い性格です。ひきこもりの経過は、浪人期間の6か月間がはじめにありました。当初、農学系の国立大学を目指していたのですが、理想と現実ですね、壁にぶち当たりまして。直視できないまま途中から予備校に通えなくなってしまったということがありました。予備校にもカウンセリングの制度があったので、そちらに通いながら自宅で受験勉強という状況でした。
そんな状況でしたので、果たして試験場に行けるのかな、という思いでいたのですが、なんとか試験会場に足を運ぶことができまして、北海道の大学に進学することになりました。
当時は「なんとか大学に受からなきゃ」という思いが強くて、とても支援機関等へのつなげる発想っていうのは全くなかったですね。親もそうですし、息子自身もそんな心境だったのかなと思います。

次が北海道の下宿先での1年間。大学1年生の時は通学できていたんですけれども、2年生に上がってすぐに行けなくなったってということは、後で分かりました。
2018年の9月だったのですが、大学の教授から突然親元に連絡が入りまして、実は5月からもう通学ができていなくて、単位が取れていませんという話でした。
大学にもカウンセリングの制度があって、受けることにしたのですが、数回程度受けたその後、12月以降はカウンセリングにも通えなくなってしまいました。その後1年間の休学を経て、残念ながら大学は退学になりました。
3回目のひきこもりは、自宅に戻ってからの4年間です。
その頃になると親にも焦りがあり、横浜南部ユースプラザになんとか本人を連れ出そうと、私も会社を休んで話をしたことがあったんですが、その時は泣いて拒否をして、部屋に閉じこもってしまって。それ以降はあまり無理に外に連れ出すことはもうできなくなってしまいました。
家にいてほとんど外出しない、昼夜逆転の生活です。
体重も減り、眠りの質もかなり浅く低下してしまい、疲労感を訴えることが多くなってきました。家では、食事やプロ野球の観戦、テレビゲームをする以外は、ほとんど部屋で過ごすことが多かったと思います。ベイスターズファンしたので、プロ野球観戦の時は、テレビの前で楽しんでいた様子もありました。

支援機関とのつながりですが、まず私と妻が2019年の10月に開催された、横浜市の若者自立支援講演会に夫婦で参加させて頂いて。恥ずかしながらその時に初めて支援機関という存在を知りました。その時の南部ユースプラザの施設長の方に保護者交流会を勧めて頂いて、こちらに足を運ぶようになりました。
その後はコロナの感染拡大や、義父が病気になって看病が必要になり、また義母が認知症になったため、自宅に引き取ったことから、交流会への参加が難しくなりました。2022年の12月頃から義母のデイサービスの日数が増えたため余裕ができ、またなんぷらに足を運ぶことができるようになりました。
この時期には定期的になんぷらから郵便物や電話連絡を頂いて、それが私たち夫婦にとっては、非常にありがたかったです。つながりを持てたひとつの大きな要因だったと思います。
本人のつながりの話ですが、2023年の4月に突然本人の方から、なんぷらに行ってみると、話を切り出してきました。いとこが結婚したり、進学をしていくのを見て、自分が世間から取り残されてしまう危機感があったのでしょうか。4月から動き出そうという気持ちが、大きな決断の要因になったのかなと感じております。なんぷらには週1回通いはじめ、無理のないように少しずつ慣れていったという状況でした。そうは言ってもなかなかコンスタントに行けない時も当然ありまして。体調が悪い時に、スタッフの方の方に欠席連絡した際、「よく電話をしてくれたね」という風に励まして頂いたことが、本人にとってすごく安心感につながりまして。徐々になんぷらが居場所になっていったんではないかなと考えています。
K2とのつながりということですけれども、なんぷらへの通いが慣れて半年が経過した2023年の9月頃、K2からご説明を頂きまして入寮を勧められました。
その時本人は一旦保留したいという意思表示をしました。その後11月には体調の落ち込みがあったにも関わらず、本人は入寮の意思を固めていまして。若者自立支援プログラムへの参加する運びになりました。
入寮を決断した理由は、体調が落ち込んだ時、動けない言い訳を探して、それを繰り返してきた自分自身にどうにも嫌気がさした、といったことを後で聞きました。
それと同居中の認知症がある祖母との関係で、自宅に居づらくなってしまったこともありました。認知症のご家族をお持ちの方はお分かりかと思いますが、何回も同じことを言ったり、孫とは認識しているので、執拗に声をかけたりということも、本人にとってはかなり、辛かったようです。
現在の本人の近況なんですけれども、現在は、放課後ドラマぽにょ+でお世話になってるということで、色々な経験を積ませていただいてます。
また、医療面では、2ヶ月とか、3ヶ月ごとの通院サポートをして頂いています。直近の状況としては、なんぷらの保護者交流会と区役所で自分の体験談の発表の機会を与えて頂いて、苦しかった過去の状況を皆様にお伝えしたことが、自身の気持ちの整理と消化をする経験を得られたのではないかなと感じています。
また美女と野獣のミュージカルでは、皆様からの励ましの中、なんとか役割を果たすことができ、本人にとって貴重な達成感を与えていただいたのかなと感謝しております。

親として感じていることなんですが、親以外の周囲のみなさんとの関わりによって、自立していく術を学ばせて頂いて、やがて自立して生活していけるようになることを切に願ってます。
自分たちの息子で、当然家族であるんですけれども、一人の大人として一定の距離感を持って接し、見守っていくことが、親子双方のためになるのかなと考えていまして、そこは忘れないようにしていきたいなと思っています。
そして親自身も希望を持って元気に過ごして、自分たちの人生も楽しむことも大切にしていきたいなとも考え、昨年の夏に、夫婦で長野に旅行に行きました。
最後に、K2のスタッフのみなさま、それからK2家族の会のみなさまにこの場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。誠にありがとうございます。
引き続き、今後ともよろしくお願いしたいと思います。
ここが一番大事やいうことで、他のことは忘れてくれてもいいけど、最後にお父さんとお母さんが一緒にどっか旅行に行ったっていうことがやっぱ一番大事なんじゃないかなと思います。(代表)











