K2家族の会はお父さんの会員が多いことが大きな特徴です。
お父さん世代が若い頃にはなかった、不登校、ひきこもりという事象について、またお子さんの生きづらさや、その人その人に合せた個別の理解が及ばず「時間が解決するだろう、見守ろう」、「焦らず待とう」と問題を先延ばしてしまった結果、見解の違いから家族間で温度差ができ、意見が一致するまでに時間がかかることもしばしばあります。
最初は半信半疑、疑問を持ちながらでも家族会につながり、ひきこもり、不登校等をきっかけに支援者や同じ経験のある仲間とつながることで、お父さんご自身も、悩みを話せたり、ご自分自身の話ができる場を持つことで、別の視点や見解を獲得することができます。
お父さんご自分も元気になり、楽しみや余裕を持つことで、子どもとの関りが変化していくご家庭も多いのです。Cさんもまた、そのお一人と言えるでしょう。
どうも、Cの父親でございます。12年9カ月こちらでお世話になりまして、今31歳で K2の外でIT関連の仕事をしております。息子は先日より、これまで住んでいたK2の部屋を引き払って、ひとり暮らしをすることになりまして。ひとつの節目ということでこの機会にお話どうですか、とご案内をいただきました。
うちの家族構成ですが、私の父つまり本人の祖父、それから私、妻と妹が2人います。K2につながった当時はフルスペック6人の3世帯家族でした。今は下の妹2人は家から離れています。本人も家を出ていますので私の父と私と妻の3人の家庭になっています。
言葉よく言うと父親は鷹揚に構えている、悪く言うと問題を先送り
ここで繋がったきっかけは、本人が19歳で大学に1回入ったものの、ほどなく通わなくなってしまって。引きこもりと言いますか、昼夜逆転をしながらご飯はしっかり食べてしまたけども、そういったことがありまして。
これはまずいぞということで。最初に大騒ぎをしたのは、私の妻でございます。家族会に通い出してからも、他の方からも同じご意見をお聞きしたし、私自身も思ったのですが、大体お母さんっていうのは非常に敏感に感じて、これはずいぶんと大騒ぎをする。
その中で、私もそうでしたけども、ある意味、言葉よく言うと父親は鷹揚に構えているというか、悪く言うと問題を先送りして、何も考えていないと いうところがありまして。そこは当時を振り返るとそうだったなという風に思っています。多分、皆さん方にもそういう部分があるんじゃないかなと思います。
もうひとつですね。家庭環境の問題で本人に申し訳ないことしたなって思っています。同居の私の実母が病気で亡くなった前後に、妻も実母の介護に仕事を辞めて通っていた状況があり、その時期に実父がアルコール依存になってしまいました。悩む中で私も断酒会を回っていたような時期がありました。
みなさん人生の中で離婚されたり、夫婦喧嘩が絶えないなど色々あると思いますけど、私はそのことを非常に気に病んでいました。私は父の影響を受けてしまうところがありまして。皆さん、「こんなことがあったから、うちの子どもがこうなっちゃったんじゃないか」と思われる方もおられるようで、私もそうでした。
でも、思い返してみるとそれはちょっと脇に置いといた方がいいのかなっていう風に感じています。こうした問題は、 本人の気持ちと言いますか、親との関わり方の問題であって。それ以外はあまり関係ないのかなと正直思っています。
本人と距離を置く、ちょっと離れる、それがすごく大事
やっぱりその当事者本人と距離を置くというのでしょうか。断酒会もそうでしたし、息子がK2につながってから思ったんですが、ちょっと離れる、それがすごく大事なことだなと思ってまして。うちの父親もやっぱり家族の話は耳に入ってこなかったですね。
「ほら、あんたこんな酔っぱらって悪いことしたでしょ」僕らが言っても、全然入らない。でも断酒会に行って、同じことを喋っている別の家族の話っていうのは、すぐ耳に入ってくる。これは経験から思っています。子どもも同じなのかなと。うちの子も親の話はあまり聞かないんです。でも別の子のお父さんお母さんが話している会話は、客観的に見られて心にすっと入ってくるものがあって。これは本当にK2とつながって良かったなと思っています。
あと、お子さんによってはすごく拒否される方もいらっしゃると思うんですけど、意外とつながる時にうちの子は、共同生活に行きたくないというのは、おかげさまでなかったというか。むしろ親から離れたかったんだなという風に感じていました。おかげさまですんなり溶け込みまして。
お世話になったのは19歳の時、平成23年の2月で、ちょうど東日本大震災が起こる直前でした。
当時は国の就労支援プログラムがあり、補助金を頂けたものですから経済的には助かった部分もありました。 その後ほどなくして東日本大震災が起き、K2につながる方が石巻市で被災したので、そちらへボランティアで応援に行きしょうとなり。
最初は本人ブーブー文句を言い「なんで行かなあかんのか」とメールが来たりもして。こちらは「現地の人は本当に困ってるから、ちょっと手伝って、助けてあげなさい」ってことだけ返信していたんですけど。
ほどなくその後、本人のものの見方も変わったんでしょう。被災地の状況を見て、いい経験したんだなと私自身思いました。そんなようなこともあり、その後もK2とずっとつながってきているところです。
共同生活から専門学校へ、4年でIT企業で就職
共同生活にお世話になって、1年ぐらいしたところで大学に入りましたが、すぐ辞めてしまって。その後19歳、20歳過ぎたところで、まだ若いからもう一度勉強し直して、専門学校に通ったらどうだというアドバイスを頂きました。
横浜に岩崎学園という専門学校があるんですが、そこのIT系の学科に通わせていただき、それで1年で大学中退、1年間K2で就労訓練を積んで、2年専門学校に行ったから、4年で大卒の子と同じような感じになり、おかげさまで22歳からなんとかすぐ就職できたんです。

しかし息子は就職して1年目に、無断欠勤をしていて、「全然会社に来ないけど、どうなったんだ」と電話がK2 に入ったことがあって。
スタッフの皆さんはその話をしっかりと覚えていてくださっていて。「あ、そういや、あったあった」 もう8年も前の話で私はすっかり忘れてしまっていましたけど。
本当にもう、K2のスタッフの人っていうのは、しっかり子どもに関わってくれて。8年も前のこともしっかり覚えていてくれてるっていう。もう本当に今も涙が出そうなんですけど。
今はですね、その最初に務めた会社からは結局転職していまして。けれどさっき言ったようにIT系ですので、別のところ行っても同じような仕事ができるので、客先に派遣されて仕事をするというような、そういうことを続けております。
K2につながる前に、名古屋でカウンセリングも何回か受けていたことがあります。最近、その名古屋のカウンセラーさんが、K2に1回紹介したケースが非常にうまくいったので、あんたんとこも行ってみたらどうだと紹介された人があると聞きました。息子のことを言っていたんですね。13年経って初めて知りましたがうれしいことです。
そのカウンセラーさん曰く、息子は会社の組織で正社員でやるような性格ではないねと。やっぱり自分でスキルを身につけて、ある意味会社を渡り歩けるような、資格を持つことを目指したらどうかという話をしていたそうです。
今、息子はK2の外のIT系企業で、プログラミングの仕事をやっています。在宅でほとんど家にこもっての仕事です。結果的にはカウンセラーさんの言う形になったなという風に思っています。

あと、話が戻っちゃいますけども、専門学校に通っている時代はアルバイトとして、デイバイク、貸自転車の駐輪場の整理みたいな仕事もやらさせていただいたっていうのは記憶にあります。
あといい人が見つかるといいなと。
あと今回、引っ越しでは新しい住いを探すことは両親で手助けはしましたけど、その後の契約ですとか、細かい話が色々ありますよね。電気だとか水道ガスの契約、そういったことも全部自分でちゃちゃっとやって、契約書も取り交わしてやっていましたので、ああもう本当に変わったんだなと、親としては改めて振り返って安心しているところです。
この先は、ずっと仕事を続けていければいいなと思いますし、思いとしてはですね、あといい人が見つかるといいなと。彼女いない歴31年を過ぎましたけども。
さっきスタッフの方ともお話していたんですけど、妻子を食わせるほどの稼ぎは当然ないんです。
ですが、もう今そういう時代じゃないよと。2人で助け合ってお金稼いでやっていけばいいんだからと。
本人もそれは思っているみたいですけど。なかなかその辺ははぐらかして、へへへとか言って話が見えてこないんですね。
本人のいちばんの狙いとしては、色々とオンラインでゲームが今ありますよね。友達ともそういうゲーム繋がりで色々リアルで遊びに行ったりとかいうこともしてるんですけど。その友達の中にも、ゲームで知り合った彼女と結婚したというケースがあるそうなので。だから、できれば、ゲームでどんどんやりなさいと(笑)そこでいい人がいればいいなと、そこがほんとに後の思いですね。

なりゆき祭りでどんちゃん騒ぎ
あと私自身のことだけ少し話させていただくと、家族会に来ると夜には交流会がありますけど、やっぱり楽しいですね。あと農園部会っていう、幽霊部員になっちゃいましたけど、畑作業のお手伝いも少しさせていただきました。
あとなりゆき祭でしたかね。なりゆき祭っていうのがあってね、家族会のお父さん中心に、「俺らはなりゆきだよね」って言ってそんな名前をつけて、5年ぐらい前にファームの部屋に泊り込んで、どんちゃん騒ぎをやった。
どんちゃん騒ぎ。もうコロナ前でしたから、平成30年でしたか。みんなで馬鹿なことばっかりしてましたよね。いろんなお父さんたちとみんなで泊ったんですけど、確か飲みすぎて一人二人、次の日動けなくなったりしてね。
ということで、親も楽しめる家族の会、と最後に締めさせていただきす。
これからも末長いお付き合いさせていただきたいと思いすので、どうぞよろしくお願いしす。
すいません変な話で。ありがとうございます。