ちょっと休憩かな。少し経てば大丈夫かな
息子は2年前に22歳の時に、入寮し、今年で4年目になりました。
寒川の社宅で長男として生まれ、祖父母と同居するために茅ケ崎に引っ越しました。
小学校に入学すると、友達に誘われて少年野球に入団。巨人の坂本が大好きで、ルールや守備の動きを覚えてショートのレギュラーになりました。
前に出るタイプではありませんが、低学年チームのキャプテンも務め、家族も車出しなどをして応援をしていました。放課後はいつも友達と遊び、学校も野球もとても楽しそうでした。

それが5年生の時、5、6年生チームに入ることになったのですが、大きな声で叱る熱い監督になり、その監督の叱責が嫌だったのか、先輩に混ざりレギュラーになっていたことで受ける圧が辛かったのか。真相はわかりませんが、野球への行き渋りが始まりました。友達が代わるがわるで迎えに来てくれても動けず。6月頃には学校も休みがちになりました。私も心がざわつきましたが、「ちょっと休憩かな。少しで経てば大丈夫かな」と思い様子を見ていました。
しかし、野球はともかく学校には行ってほしいと押したり引いたりもしましたが動けず。私は仕事を辞め、学校から紹介された青少年教育相談室に足を運びました。
その頃から息子は自分の気持ちを話すのが極端に少なくなってしまっていました。面談をしてもあまり喋らないので、面談する相談員の方が卓球の相手をしてくださったり、学校の担任の先生が家庭訪問に来た時も、家の前でキャッチボールをして距離を縮めてくださいました。その甲斐あってぽつぽつ保健室登校をはじめ、3ヶ月ほどで教室に戻ることができました。

その後も危うさはあるものの、先生やお友達の配慮のおかげで、学校を休むことは1日か2日でした。周囲の人に恵まれた環境での生活に感謝しかありませんでした。
少し生活が落ち着いてきた頃に、同居の祖母が認知症になり、家族にさまざまな影響が出始めました。それまでは息子には不登校のことで振り回されることが多かったのですが、おばあちゃんが家を出てしまい行方がわからなくなったり、おじいちゃんが外で転んで倒れてしまったりした時にはスッと動いてくれる、とても頼りになる存在でもありました。
高校を進路が全く決まっていない状態で卒業…
中学2年生になった頃から、また雲行きが怪しくなり、別室登校や欠席が増えていきましたが、高校進学は通信制高校のサポート校を選び、前向きに動き出し、入学時の模試もいい結果が出ていました。
しかし高校に入学してその6月ぐらいに、また休みがちになりました。親としては退学だけは避けたかったので、進級と卒業は絶対にしてほしいと伝え続けました。欠席が多く、その分課題も大量でしたが、息子はそれをこなす方が楽だったようです。
勘が良く、基本的に無駄なことはしたくないけれども、やらなきゃいけないと思えたことだけはしっかりやる。そんな感じでした。

卒業を控えた高校3年生の12月の学校での面談時に、サポステの一覧表を渡されました。息子は進路が全く決まっていない状態で、このまま卒業したとしても就職もできない状態でしたから、一覧から大船の湘南・横浜若者サポートステーションを調べ、1月の保護者向けセミナーに参加しました。その後間もなく本人を連れて行き、利用することになりました。
いざ出掛けるとなると「通う意味ある?」
しかしサポステでも面談やセミナーを約束したその当日に「やっぱりいいや」と欠席することが多く。本人はじっくり話をすると、「このままではいけないと思っている」と涙も流しますが、いざ出掛けるその時になると面倒になり、しばらく黙ってから「通う意味ある?」と、そんなことを繰り返していました。
家でも米研ぎやお風呂の掃除などの家事は担当させていましたが、活動量は増えず。
サポステからアドバイスをしてもらって、夫婦で揃って本人の部屋に行き、1ヶ月間の食事代、携帯代、床屋代を書き出した紙を提示して、生活にかかるお金を説明し、約3万円を来年1月からは自分で払ってもらいたいので働いてください。払えない場合は立て替えるので後日返済してほしいと伝えました。息子は黙って聞いていました。
その後、家から出られないのなら、泊りがけでと申し込んだ、一週間のジョブキャンプに参加するために荷物を準備したものの、当日の朝に動けなくなって行くことができませんでした。
その時、K2にキャンセルの電話をしたら「これからおいでよ」と誘って頂き、「後半のファームだけ参加したら」と提案もして頂いて、やっと最終日の1日だけファームの体験に参加することができ、こうしてじりじりとK2とのつながりができていきました。

入寮の当日あっという間に目の前から消えていきました
その後もどうしても家から出かけることが難しいため、親として覚悟を決め「K2の共同生活に入りなさい」と伝えました。息子はあっさり「はい」と返事をしていました。
受け入れたとはいえ、通いの約束のドタキャンは日常茶飯事でしたが、期待せず見守りつつ、淡々と入寮のための荷物の準備をしました。
入寮の当日、250食堂の前でK2のスタッフに引き渡すと、あっという間に目の前から消えていきました。2022年の1月でした。丸3年前です。
「行ったね」
「行けたね」
調子が抜けたような、ホッとしたような感覚でした。
入寮後にはにこまるソーシャルファームや就労継続支援事業所フェロップ、半年後には放課後ドラマぽにょ+、そしてパン屋の親父で就労訓練を受けました。

寮生活をしていると、子どもの様子を報せるために、K2から親の元にレポートが送られます。記録の中には、子どもの元気な活動の様子や課題などが丁寧に書かれており、息子の居場所が見つかった喜び、働く場所を与えて育ててくださっていることがわかり、ありがたさと感謝の気持ちでいっぱいになります。
そして今、とても安心しています。いつもサポートしていただき、皆さんありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。











